公衆衛生の専門家・尾身茂氏に学ぶ、チームを動かす「合意形成の作法」と「キャリアの拓き方」
異なる意見をどのようにまとめ、多様なチームを導いていくか。そして、思い通りにいかないキャリアにどう向き合うか——。
WHO(世界保健機関)や政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会など、様々な組織でリーダーを務めてこられた尾身茂先生に、対話の技術や偶然を味方につけるキャリア観など、働くすべての人に役立つヒントを伺いました。
※ 公衆衛生とは、個人の治療を目的とする臨床医学に対し、地域や社会全体の健康維持・病気予防を目的とする医学・保健分野のこと。
目次
WHO西太平洋地域事務局長や、政府の新型コロナ対策分科会長などを歴任。
長年にわたり公衆衛生の第一線で活躍。
インタビュアー
一般財団法人生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ
※所属は取材当時のものとなります。
コロナ禍が示した「公衆衛生」の本質
髙津:本日は、尾身先生のご専門である「公衆衛生」について話をお伺いしながら、先生の人生やお考えについても深く触れていければと思っています。まずは、社会や暮らしにおける公衆衛生の重要性についてお考えをお聞かせください。
尾身:昨今のコロナ禍は、みなさんにとっても記憶に残る劇的な出来事でしたよね。100年に一度とも言われる経験でした。この病気で多くの命が失われたことだけでなく、きっと多くの人が、社会や経済への大きな負担も感じられたのではないでしょうか。特に若い人たちは青春を奪われ、対面授業や卒業式も行われず、修学旅行も行けなかった。高齢者は施設から出られず、閉じ込められたような生活になり、事業者の方々も営業自粛を余儀なくされました。つまり、このレベルの感染症が起こると、社会全体が大変な思いをするわけです。
普段、みなさんが接する病院の医師は「臨床医」です。患者さんが「胸が痛い」「手が痛い」「最近元気が出ない」と来られた時に、一対一で向き合って診察し、治療する。そこには個人との信頼関係があります。
一方で、公衆衛生は「社会全体の健康」を診る医学です。人類の歴史を振り返ってみても、人の命が失われた最大の原因は、災害でも戦争でもなく「感染症」でした。太平洋戦争においても、戦闘行為より、マラリアなどの感染症が原因で亡くなった人の数の方が圧倒的に多かったのです。そうした意味で、患者さん一人ひとりを診る臨床と同じくらい、あるいはそれ以上に大事なのが、社会全体を診る公衆衛生なんです。

外交官を志し、気づけば「医学の道」へ。偶然と出会いが導いたキャリア
感染症という目に見えない脅威から社会をまもるために、第一線で歩んできた尾身先生。しかし、その背景には、思い描いていた夢の挫折と、偶然の出会いから拓けたキャリアの転機がありました。
1960年代のアメリカ留学が教えた「カラー写真のような世界」
髙津:先生は、最初から公衆衛生や医学の道を志していらっしゃったのですか。
尾身:私はもともと、医者ではなく外交官になりたかったのです。しかし、人生というのは、自分の意思だけで決まるものではありません。運命と言ってもいいし、偶然と言ってもいい。私の人生には、そういう出来事が多かった。そのひとつが、高校3年生の時、AFS※の交換留学生としてアメリカのニューヨーク州に1年間留学した経験です。
1960年代後半、高度経済成長の途中だった日本に対し、アメリカでは金曜日になるとダンスパーティーが開かれていました。世界中から同世代の留学生が集まっていて、多感な17歳だった私にとって、あの1年間は本当に衝撃的でした。写真や映像がまだ白黒だった時代ですが、この1年だけが、色鮮やかなカラー写真のように記憶に残っています。こうした経緯から、私は純粋に「世界を見ながら生きていけたら楽しそうだな」と思い、外交官をめざすことにしました。外交官になるには国家公務員試験を通る必要がありますが、当時は東京大学出身者が圧倒的に多かったので、帰国後に東大法学部を受けようと決めて、受験勉強を始めました。
※AFS(American Field Service)とは、1914年に設立された国際奉仕団体のこと。高校生の交換留学事業などを通じ、異文化理解や国際交流を推進している。

(左から2人目が尾身先生)
東大紛争と本屋での「運命の1冊」が導いた精神医学・公衆衛生
髙津:そこから、どうして医学の道へ進むことになったのでしょうか。
尾身:東大を受験しようと勉強していた秋、友人から「東大の本郷キャンパスに来て現実を見た方がいい」と言われて行ってみると、そこは学園紛争の真っ最中。バリケードが築かれて安田講堂が占拠されている光景を見て、「来年、東大の入学試験はないだろうな」と悟りました。結局、慶應義塾大学の法学部に進みましたが、大学紛争で授業もない。そのうえ、当時は外交官というと「権力の手先」と言われていた時代で、夢を口に出せない。人生が急に灰色になってしまい、「これから何をめざして生きればいいのか」と深く悩みました。
答えを探して毎日のように渋谷の本屋へ通っていた時、たまたま出会ったのが、内村祐之先生の『わが歩みし精神医学の道』という本でした。そこには医学の難しさだけでなく、父親との葛藤や野球の話、人生の悩みが書かれていた。ぱらぱらと読んだだけでしたが、「医者という生き方があるのか、これが自分の進むべき道だ」と直感で感じ、進路を変えようと決意したのです。
反対する父、理解を示す母。家族に支えられた医学部への道
髙津:大きな進路変更に、ご家族の反応はいかがでしたか。
尾身:父は大激怒でしたよ。「文系のお前が医学部なんて受かるわけがない!」と取っ組み合いの喧嘩になりましたが、母が「この子は言い出したら聞かないし、若いんだから好きなようにやらせてあげたらいい」と仲裁してくれました。
その後、予備校に通っていた秋頃、新聞の一面に「自治医科大学が一期生を募集する」という記事をたまたま見かけたんです。授業料は無料、奨学金も出て、研究より地域医療の現場で活躍する医師を育てる大学だと。しかも一期生。本当に偶然でした。その記事を見てから自治医大をめざして勉強をしました。医学への道は、そこから始まったのです。
臨床から「社会を診る医学=公衆衛生」へ
一人の患者と向き合う「臨床医学」と、社会全体の健康を診る「公衆衛生」。尾身先生が語る公衆衛生の視点からは、私たち一人ひとりの衛生習慣や情報リテラシーの重要性を伝えるだけでなく、日々の衛生環境を支える「紙製品」が持つ、社会インフラとしての価値を教えてくれます。
個人を診る医学、社会を診る医学
髙津:自治医大を卒業された後は、まず現場の臨床医としてキャリアをスタートされたのですね。
尾身:自治医大を卒業して8年ほどは、救急外来の患者さんを診たり、骨折の治療をしたりと、本当にやりがいを持って働いていました。ただ9年目くらいになると、このまま患者さんと向き合う臨床医を一生続けるのか、それとも、もう少し広いパブリックな世界で仕事をするのかという、医者であれば一度は考える分岐点に差しかかっていました。
一人ひとりの患者さんと向き合うことの重要性は十分理解していましたが、それよりも、社会全体の健康に関わる仕事の方が、自分には向いているかもしれないと思ったのです。公衆衛生というのは、医学を基礎にした社会への応用学です。政治も経済も外交も関係する。マスコミとの付き合いもある。非常に幅広い領域をカバーしなければなりません。私は、そういう仕事の方が性に合っていたのだと思います。
社会の安心をまもる第一歩は、私たちの「日常の衛生習慣」と「正しい情報選択」
髙津:社会という大きな枠組みを診る公衆衛生ですが、その土台をつくっているのは、他ならぬ私たち一人ひとりの日々の生活だと考えています。社会全体の健康をまもるうえで、個人の行動や意識はどう関わってくるのでしょうか。
尾身:非常に重要です。歴史上、最も命を奪ってきたのは戦争以上に感染症でした。例えば、結核はかつて若者の国民病でしたが、今は高齢者が中心です。これは菌が弱まったのではなく、生活環境が改善し、人間の免疫力が上がったからです。しっかり食べて運動し、きちんと手洗いをする日常の習慣こそが、最大の防衛線になります。
もう一つは、情報との向き合い方です。危機が長引くと「不安」は「不満」に変わり、人は都合の良い情報ばかりと信じてしまい、社会の分断が生まれます。SNS上に広がるワン・ショート・センテンスの極端な情報に飛びつかず、「誰が、何を根拠に発信しているのか」を冷静に見極めるリテラシーが、これからの社会で生きていくためには欠かせません。
社会の衛生を支える、インフラとしての紙製品
髙津:当社では「衛生」という言葉を「清潔を維持して生を衛(まも)る」ことだと捉えています。医療や研究、製造の現場で使われる紙ワイパーや衛生用品を安定して供給し続けることは、決して目立つことではありませんが、公衆衛生や社会インフラの一端を担う重要な責務だと感じています。
尾身:まさにその通りです。ペーパーレスの時代と言われても、衛生や安全を担保する現場で紙がなくなることはありません。どんなに優れた医療技術があっても、現場を支える衛生的な道具や資材が途絶えてしまえば、社会機能は止まってしまいます。
企業は利益を上げなければなりませんが、今の時代は単に利益を追うだけでなく「社会の役に立ちながら利益を生み出すこと」が重要です。社会に害を出しながら利益を追うような時代は終わりました。清潔を支える製品をつくり、リサイクルを通じて循環型社会に貢献する。プロの現場で意識されないほど当たり前のインフラとして下支えし、社会的役割を果たしながら利益を上げる企業こそが、これからの時代に評価されていくのだと思います。

「対立の99%にはお互いの正しさがある」
利害が対立する現場で、どのように着地点を見出すか。これまでキャリアの中で、専門家同士の激しい議論を経験されてきた尾身先生。そんな先生に、組織を率いるリーダーシップのあり方について伺います。
「どちらか一方だけが正しい」ことは滅多にない
髙津:尾身先生はWHOやコロナ禍での政府分科会代表といった組織の中で働いてこられました。多様な意見が激しく対立するなかで、どのように合意形成を図ってこられたのでしょうか。
尾身:意見が対立した時、覚えておいてほしいのは「対立する主張の99%は、双方にそれなりの正しさがある」ということです。見ている視点や優先順位が違うだけで、どちらか一方だけが100%正しいなんてことは滅多にありません。
WHOで勤務していた頃、ある条約の交渉において、規制の対象となったとある製品を主たる財源とする国と、規制強硬派の意見が激しく対立したことがありました。その際、一方の主張を突っぱねるのではなく、相手の面子や立場を傷つけない「第三の道」を模索しました。 最初から批判するのではなく、お互いの正しさを一度受け止めたうえで納得できる着地点を見出す姿勢こそが、合意形成の作法だと思います。

部下の失敗に向き合うメッセージの伝え方
髙津:ビジネスの現場でも、部下の指導や意見の違いで悩むリーダーが多くいます。チーム運営におけるコミュニケーションで心がけていることはありますか。
尾身:部下が失敗したとき、感情的に「お前はダメだ」と怒鳴るのが一番やってはいけないことです。相手は反発するか、言い訳を始めるだけです。私は相手を別室に呼び出して、「いつも頑張ってくれてありがとう」とまず感謝を伝えるようにしています。そのうえで「今回の君の行動を見て、私は悲しかった」と、主語を自分にして気持ちを伝えるのです。「お前が悪い」ではなく「私は悲しかった」と伝えることで、相手はプライドを傷つけられずに素直に「次は気をつけよう」と反省できます。
そして何より、リーダー自身が「自分も完璧ではない。間違えることがある」という客観的な視点を頭の中に持っておくことが大切です。完璧な人間など一人もいません。この謙虚さがあって初めて、寛容でたしかなリーダーシップが生まれるのだと思います。
誰かを陰で支える仕事の誇り。社会のインフラを担う価値
目立たなくても、社会の当たり前を支え続けるプロフェッショナルの仕事。働く一人ひとりの存在が、どのように社会の安心やサステナビリティにつながっているのかを考えます。
プロの現場を支える「道具」の供給という誇り
髙津:当社の業務・産業用製品は、研究室や工場、病院など、プロの現場で長年にわたって使っていただいています。普段は空気のように存在を意識されないかもしれませんが、一方で「社会を支えている」という実感は、従業員の大きな誇りになっています。
尾身:それは非常に素晴らしいことです。世の中には、華々しく脚光を浴びる仕事もあれば、バックヤードで社会を守り続ける仕事もあります。しかし、後者は社会を動かしていく上で極めて重要な存在です。「自分の仕事が巡り巡って、社会の衛生や人々の命を守っている」という実感こそが、働く人にとっては一番のモチベーションになります。
効率や目先の売上だけを追い求める経済活動は、やがて行き詰まります。自分たちの仕事が社会の役に立っているという「意味」を感じて働くことこそが、本当のウェルビーイングにつながるはずです。
技術が進歩しても「人間」を取り残さない組織へ
髙津:AIやデジタル技術の進化が進むなかで、これからの組織や企業はどうあるべきだとお考えでしょうか。
尾身:生成AIなどでどれほど効率化が進んでも、最後に取り残してはならないのが人間の「心」や「思いやり」です。古代、ホモ・サピエンスが生き残ることができたのは、強靭な肉体があったからではなく、仲間同士で情報を共有し、助け合う社会性を持っていたからです。効率ばかりを追って人間を置き去りにしてはいけません。
「神はディテール(細部)に宿る」と言いますが、身近な「紙」を扱うクレシアのような企業が仕事の細部を大切にし、人と人との協力の心を社会へ発信していくことを期待しています。

さいごに
今回の対談を通じて浮き彫りになったのは、社会インフラを支える製品づくりの意義と、それを動かす「人」の大切さでした。
尾身先生は現在、公益財団法人結核予防会の理事長を務めながら、認定NPO法人全世代の代表理事として、日本の未来を率いる若い世代のリーダー育成にも深く尽力されています。「多様な意見に耳を傾け、自ら考え行動できる若い世代を育てることが、これからの日本や地球全体の持続可能性に直結する」と尾身先生は語ります。思い通りにいかない偶然を受け入れながら、キャリアを切り拓くこと。完璧ではないお互いを認め合い、対話を通じて着地点を見出すこと。そして、自分の仕事が社会の誰かを支えているという誇りを持つこと。
クレシアもまた、製品の安定供給や環境に配慮したサステナブルな取り組みを通じて、働く人々が誇りを持って挑戦できる社会を守り、未来を担う次世代とともに持続可能な歩みを進めていきます。
※本記事は2026年7月の取材に基づいています。